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2174.あの日あの時から立ち止まったままだ

何も成果を出せなかった僕は
 あの日部屋に閉じ込められたまま
     長い間そこで過ごしてしまった。

扉は開かない
 部屋から出られない
   だが僕は一度だって真剣に部屋から出ようと思っただろうか

       「思ったことはない」

       そう思いたかったが本当は出たかった。
自分が何もできないことを認めたくなかったから
    部屋から出られないことに酔っているふりをしていた。   ほんとうは
ほんとうに

     出られなかったのだ。
何をどうしても、もがいても、叫んでも、出られなかったのだ。

助けてくれ!

全力で叫んだ声はか細く小さくて
               開けてくれ!

            ふるった拳は弱く細く脆かった。

何もしないことが僕のできることだった。
 開かない窓ガラスに張り付いて
  向かいのマンションの隙間から見える空を
   今日も仰いだ。

# by trash-s | 2017-10-11 01:18 | 夢日記

2173.はじめてのデート

今思えば初めてのデートはあれだったかもしれない。
平日の秋葉原、彼女は午前中の講義の後
電話で僕の居場所を聞き出して
「じゃあ中間ぐらいの秋葉原に行こう」と言った。
ちょっと説明をすると僕はこの時彼女と付き合ってたわけじゃない。
電話がかかってきてそれに答えただけだった。

「ねえねえあなたってパソコン得意な人?」
そう聞かれたので僕は「人並みに」とだけ答えた。
難しいことを聞かれたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしていた。
「私ね、パソコンチェアーが欲しいんだよ。どこに売ってるんだろう?」
椅子か…。
どこにでもあるようでどこにあるとは断言できないような。
量販店に入ったものの、すこし迷ったりして
売り場にたどり着いた。
「いやー疲れたね。君も隣に座りたまえ」
彼女はハイバックの社長椅子みたいな黒革の椅子に座り、
オフィスチェアーのような小さな椅子を僕に勧めた。
それから彼女は座ったまますうすうと寝息を立て始めた。


# by trash-s | 2017-10-02 00:53 | おとな未満

2172.赤とんぼ

透くんは眉間に皺を寄せていた。
視線の先には僕がいる。
僕は車椅子に座って四肢をぐったりと投げ出していた。
右目がうまく開かなかった。
元気だったころの僕はもういない。

どうしてこんなになるまで放っておいたんだ?

透くんが厳しい口調で僕に問いかけた。
一言一言確認するように強い口調だった。
放っておいたつもりはなかった。
ただ緩慢と体は動かなくなっていた。
腕は上がらなかった。
首は持ち上げるのがやっとで長い時間は無理だ。
舌は麻痺して上手く喋れない。
僕は透くんにちゃんと説明ができなかった。
いいわけはできないよ、と僕はもつれる舌で
透くんに伝えた。

そこからは看護婦にかわって透くんが
僕の車椅子を押して病院の庭園を歩いた。
庭園には他の入院患者もいて、面会者らしき人と
ボソボソと語り合う声が聴こえてくる。
秋の風が吹き始めている。
赤とんぼが東京の空にも飛んでいた。

まだなにかできるだろう?
これで終わりじゃないだろう?
時間はまだあるんだ。
まだあるんだ。
透くんは何度もそう言った。
こんな真面目な声の透くんは初めてかもしれないと思った。
透くんの想いに対して僕は自信がなかった。
けれど透くんがそう言うなら
時間もあるし何かできるんだろう、と思う。

# by trash-s | 2017-09-22 01:29 | 透くん

2171.きれいな花も見えない

「こころが死んでいますね」と医者は言った。
死んでいる、と言いますと?
僕は我ながら能天気なイントネーションで聞き返した。
医者はそれには答えなかった。
「おくすり出しておきます」
どんな薬なんですか?
医者の視線はゆっくり右上から左上に泳いでいく。
僕に何を説明すべきか考えているようだ。
「気休め…ですが世の中が華やかに見えるようになる薬です」
僕は麻薬のようなものかと思った。

ただ生活をして仕事をして
勝手にこころが死ぬなんてことあるのだろうか。
僕は僕の中で何かが死んだ気なんてしなかった。
ただ五年一緒にいた彼女は僕に言った。
「あなたは病気よ」

僕は処方された薬を飲んでしばらくじっとしていた。
まもなく自分の重さがふわりとなくなっていくような感覚、
こめかみのコリが消えていくようなすっきりした軽さを経て
視界がぼんやりと輝き始める。
六畳の部屋にぶら下がった電飾はシャンデリアのように眩い。
内側から湧き出すようなエネルギーを感じ、なんでもできるような気がしてくる。

それだけだった。
僕はなんでもできても何もしたくないし、
見える景色にも何も感じなかった。
ああそういうことか、死んでいるとは何も感じないことか。
この世の幸福を全て目の前に集めようとも
動じないであろうこのこころは確かに死んでいた。

# by trash-s | 2017-09-15 23:25 | ある日の出来事

2170.友達

僕がハタチくらいの頃、仲のいい友達がいた。
恥ずかしいくらい簡素だがこう言うしか説明のしようがない。
仲のいい友達だった。
当時の僕は自分の作品作りに熱中していた。
でも熱中しているだけではうまくいかなかった。
そんな時は友達に相談した。
友達と話していると、いろいろなアイデアが湧いてきた。
毎日楽しかった。
毎日、何かを二人で生み出しているように思えて充実していた。

ある時友達は「もう相談には乗れない」と言った。
一人で作りたいのか尋ねると
「そう思ってくれてもいい。君も一人で作ったほうがいい」と言った。
僕は子供だった。
友達を罵った。
お前より僕のほうが才能がある、とまで言い放った。
突きつけられる事実に誰より怯えていたのは僕だったのに。
それっきり友達は僕の前に姿を現さなくなった。

それから二ヶ月後に僕は友達に会った。
すでに僕は負けを認めていた。
この二ヶ月の間、僕一人では何も作れなかった。
友達の消息を探して大学病院にたどり着いた。
案内された病室で
痩せた手のひらを僕に見せて友達は言った。
「やあ。
嫌われたまま 逝きたかったのに残念だ」
僕はたくさん泣いた。
きっと彼の記憶の僕は泣いた僕だろう。

今でも不意に涙が出る。

# by trash-s | 2016-11-07 23:39 | おとな未満