2171.きれいな花も見えない

「こころが死んでいますね」と医者は言った。
死んでいる、と言いますと?
僕は我ながら能天気なイントネーションで聞き返した。
医者はそれには答えなかった。
「おくすり出しておきます」
どんな薬なんですか?
医者の視線はゆっくり右上から左上に泳いでいく。
僕に何を説明すべきか考えているようだ。
「気休め…ですが世の中が華やかに見えるようになる薬です」
僕は麻薬のようなものかと思った。

ただ生活をして仕事をして
勝手にこころが死ぬなんてことあるのだろうか。
僕は僕の中で何かが死んだ気なんてしなかった。
ただ五年一緒にいた彼女は僕に言った。
「あなたは病気よ」

僕は処方された薬を飲んでしばらくじっとしていた。
まもなく自分の重さがふわりとなくなっていくような感覚、
こめかみのコリが消えていくようなすっきりした軽さを経て
視界がぼんやりと輝き始める。
六畳の部屋にぶら下がった電飾はシャンデリアのように眩い。
内側から湧き出すようなエネルギーを感じ、なんでもできるような気がしてくる。

それだけだった。
僕はなんでもできても何もしたくないし、
見える景色にも何も感じなかった。
ああそういうことか、死んでいるとは何も感じないことか。
この世の幸福を全て目の前に集めようとも
動じないであろうこのこころは確かに死んでいた。
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# by trash-s | 2017-09-15 23:25 | ある日の出来事

2170.友達

僕がハタチくらいの頃、仲のいい友達がいた。
恥ずかしいくらい簡素だがこう言うしか説明のしようがない。
仲のいい友達だった。
当時の僕は自分の作品作りに熱中していた。
でも熱中しているだけではうまくいかなかった。
そんな時は友達に相談した。
友達と話していると、いろいろなアイデアが湧いてきた。
毎日楽しかった。
毎日、何かを二人で生み出しているように思えて充実していた。

ある時友達は「もう相談には乗れない」と言った。
一人で作りたいのか尋ねると
「そう思ってくれてもいい。君も一人で作ったほうがいい」と言った。
僕は子供だった。
友達を罵った。
お前より僕のほうが才能がある、とまで言い放った。
突きつけられる事実に誰より怯えていたのは僕だったのに。
それっきり友達は僕の前に姿を現さなくなった。

それから二ヶ月後に僕は友達に会った。
すでに僕は負けを認めていた。
この二ヶ月の間、僕一人では何も作れなかった。
友達の消息を探して大学病院にたどり着いた。
案内された病室で
痩せた手のひらを僕に見せて友達は言った。
「やあ。
嫌われたまま 逝きたかったのに残念だ」
僕はたくさん泣いた。
きっと彼の記憶の僕は泣いた僕だろう。

今でも不意に涙が出る。

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# by trash-s | 2016-11-07 23:39 | おとな未満

2169.新しい朝を待っていたのかもしれない

テレビからはRPGの音楽が流れ続けていた。
短いメロディは覚えやすく、眠気を誘った。
僕のパーティは平原に佇んだまま僕の操作を待っていた。
時計は午前四時を回っている。

テレビが全部放送を終えてしまって
僕はファミコンを始めたのだった。
経験値稼ぎは退屈ですぐに眠くなってしまう。
物語はすでに一度終えてしまっていた。
それでもレベル上げをしている理由は僕にもわからない。

ファミコンの電源を落とし、テレビも消してしまうと静寂が部屋を満たす。
もう誰も起きていないのだ。
都心では深夜も人が働いていると聞くが、
ここらは眠りに帰る町だ。
もう二時間もしないうちに通勤に出る人たちが目をさます。

昨日と同じ朝が来た。
明日も今日と同じ朝だろうか。
もしかして明日にはレベル上げが終って
新しい朝が来るのかもしれない。

それともすべてが終わっても
変わらない朝が。

…………………

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# by trash-s | 2016-11-05 22:15 | おとな未満

2168.流れ着く砂浜

またこの砂浜に流れ着いてしまった。
見覚えのあるヤシの実は朽ちることなくそこにある。
僕を笑っているのか?
変に人の顔に見える実のくぼみが笑っているように見える。
静かな白い浜だった。
ここから何度船を漕ぎ出しただろうか。

いつだって遠くまで行ったように思っていた。
穏やかな海だったこともあれば
荒れ狂っていたこともある。
その度に一生懸命進もうとしていた。
努力もしたつもりだ。
この浜にたったころの僕は頭も体も貧相だったが、
今は何をしたらいいかは体も心もすぐにわかっている。

どこにも行けないんじゃないかという不安と
ここで静かに過ごすのも悪くないという逃げのような気持ちが
いつだってせめぎあっている。
だが何度も戻されてくる。
ここは一体なんだろうな。
さざなみが聞こえる。
ヤシの実が笑ってる。
ここは
僕の
変わらない場所だ。

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# by trash-s | 2016-11-04 15:26 | 夢日記

2167.塗りつぶされてしまった

子供の頃よく通った道をたどり、景色の見透せる土手の中腹に立つ。
夏の盛りには海のようだった草むらも
冬の足音が大きくなる今頃には元気なく風に揺れている。
風が頬を撫でた時、それは子供の頃違っていたように思った。
僕の頬には額から流れ落ちる汗が一筋流れ、
風はその汗を乾かした、そんな記憶だ。
今の僕はもう汗をかいて走るようなことはない。
空調のいまいち効かないオフィスみたいな狭い部屋で
嫌な汗をかくことばかりの日々。
風が乾かすことのない汗。

そうか、東京行くのか。
立派だな、立派な会社に行くんだな。

文房具をよく買いに行った文具店で
そう言った友達のお父さん。
文具店はもうない。
友達もお父さんもどこに行ったかもうわからない。

塗りつぶされてしまった。
僕の思い出したいことは、みんな塗りつぶされてしまった。
もっとたくさんの思い出があったはずなのに、
ここに来ればなにか思い出すはずだったのに、
僕の心が小さくしぼんでしまったのか、
それとも人とは元々そういうものなのか、
たくさんの雑多なことに全部塗りつぶされてしまった。


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# by trash-s | 2016-11-04 00:13 |