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1858.すみません、この中に誰か大人の方いませんか

診療所のストーブは片付けられないまま埃をかぶり冷たくなっている。
上がり始めた陽気は、かえって部屋をひんやりと感じさせる。
物音がして僕は目が覚めた。
がらんとした待合室のソファーで僕はうたた寝をしていたんだ。
ぼんやりとした天井を見つめ、眼鏡を取ろうとしたら手渡された。
もう手前の椅子にコーヒーが置かれる。
美琴ちゃん。
僕は眼鏡をかけてその人を確認する。
「クッキー食べる?余り物でもうちょっとしか残ってないけど。」
うん。
「上条のおばあちゃんがくれたのよ。」
僕の知らない患者さんの名前を言う。

「ねぇ気持ちのコントロールってどうすればいいの?」
気持ち?
「大人は気持ちのコントロールできるんでしょ?
楽しくなくても笑ったり、苦しくても泣かなかったり。
何かを壊したくなっても自分を抑えたり、
誰かを傷つけたくても自分を傷つけたり。」
そして、沈黙。
ゆらゆら揺れるコーヒーの湯気は、僕の視界から美琴ちゃんを時折遮る。
何があったのか聞くのはやめようと思った。
聞いたら僕が気持ちをコントロールできなくなるかもしれないから。
彼女は何かを必死に耐えている。
何か彼女を襲うやりきれないものに。
だから
ごめん、と僕は言った。
僕は図体は大人だけど心は大人じゃないんだ。
美琴ちゃんの言うような立派な大人にはなれてない。
だからそれを教えてあげられないよ。
美琴ちゃんはぽかんと僕を見た。
「…だめなおとなっ!じゃあ誰なら知ってるのよ?」
うーん、残念ながら僕の周りにはダメなおとなしかいないんだよなぁ。
「ほんとに…ほんとにそーだよ。私、大変だよ。
みんな私より子供ばっかりなんだもの。」
美琴ちゃんは少しため息をついて、そして少し笑った。

by trash-s | 2012-04-24 23:15 | 美琴ちゃん